子育てに父親は必要?子供にとって良い父親の役割や存在意義

子供を愛せない父親

幼児でも小学生でも中学生でも高校生でも、子供をお持ちのお父さんは考えることがないだろか?

「父親って何?」

「父親の役割とは?」

「子供にとって父親とはどういう存在であるべきか?」

私には小学一年生の息子がいる。

息子は母親(嫁)が大好きだ。

何かあるたびに必ず母親に話しかけたり、頼ったりする。私のことは二の次だ。

例えば、

  • お腹すいた、喉かわいた。
  • 今日学校で○○があった。
  • ○○がほしい!
  • 一人にしないで、一緒にいて!
  • ママー、今何しているの?
  • 宿題終わった、お風呂あがったよ
  • ゲームしていい?

等、すべて母親だ。

このようなことから息子にとって母親の存在意義が、とてつもなく大きいことが分かる。

一方で父親である私は、母親では能力不足のことを補うことに必要とされる。

例えば、サッカーや鬼ごっこの相手。最近流行りのゲームPUBGのパートナーなど。

子供にとって父親とは世話係ではなく、遊び相手という位置付けなのだろうか。

私も子供時代は母親が大好きで、父親はお金を稼ぎ、アクティブな遊びをしてくれて、車で送り迎えをしてくれる存在にしか感じていなかった。もちろん家族なので母親同様に大切な人には変わりないが。

つまり、父親とは子供の遊び相手であり、母親の不足分を補うサポート役としてあるべきなのかと私は考えている。

しかしこれが正解かどうかは分からない。そのため実際に他の家族に、父親の役割や存在意義について聞いてみたので続いて紹介していく。

母親だから父親だからは関係なく、どちらも子どもにとって「親」である

私は3歳の男女の双子の母親です。そして元保育士です。

私はこの「子どもにとって父親とはどうあるべきですか?」という問いに対して、このように悩み相談し、アドバイスを得ようとしている事がとても素晴らしいと感じました。

本当に我が子を愛し、そして愛しているからこその悩みだなと…!しかし、子どもにとって母親は偉大で大好きな存在です。

保育士をしていた際も、園でトラブルがあった際に泣いてしまう子がいましたが、そんな子は必ず「ママ〜!」と言って泣き、「パパ〜!」と泣く子はいませんでした。

これ(父親よりも母親が好きというの)は本能の部分なのかも知れません。しかし、だからといって父親が嫌いなのかといったら全く違くて、父親の存在もとても大切だと感じます。

父親はやはり仕事が忙しく、子どもと接する時間は母親よりも少ないのが現実かと思います。しかし、母親だから、父親だからと決めつけ父親はどんな存在であるべきかと悩む事はないと思います。

むしろその悩む姿こそ子どもにとっても嬉しい父親の姿なのではないでしょうか?

あなたはあなたのまま、父親だからこうしなきゃいけないという訳ではなく、子ども達の個々の個性や主張を見守り、認めて一番の理解者、ファン第1号であって欲しいと思います。

逆にあなたが子どもだったらどんな存在である父親が理想ですか?

自分の理想とする父親像と子どもが思う父親像はきっと違うと思います。機会があれば是非話をしてさらにコミニケーションを取ってみてはいかがでしょうか?

思春期でしたら、難しいかも知れません。そんな時は交換日記をしてみるのもいいと思います。

直接面と向かって話すのは嫌だけど、じっくり自分の気持ちを書く…そしてそのやり取りをする。言葉に出来ない事でも文字になら出来るかも知れません。同性でしたら、同性でしか分かり合えない事や同性ならではの遊びなどもあると思います。一緒に遊べる時にたくさん遊ぶ、遊びの中で学ぶ事はたくさんあります。

今、子どもに親がしてあげられる事をする、それは母親、父親関係なく…。その積み重ねが自分の子どもに対する存在意義だったり、子どもが親を思う事につながっていく、そしてつながっていって欲しいと私はせつに願っています。

母親の代わりではない父親

我が家は6歳の娘と2歳の息子がいます。父親である私は毎日忙しく仕事をしていますので、当然育児は母親が中心です。しかし、母親も家事が忙しく子供達は1人で遊んだりテレビを見たりしています。

教育に関しても付きっ切りで教える時間がない時はディズニーの英語を学ぶ為のDVDを見たり、しまじろうの学習DVDを見せたりしています。子供達もやはり遊ぶことに関してはもちろん、学ぶことに関してももっと触れ合いたいと感じていると思います。

ですので父親である私が家にいてる時はいっしょになって遊んだり勉強したりしています。

遊びに関してはお馬さんをしたり、隠れんぼしたりします。特に父親の力でないとできない遊びをすると子供達は大はしゃぎで喜びます。

勉強に関しては字の練習を横で見て書き方をアドバイスしたり、英語の発音をチェックしたりします。

また、子供に叱ることはほとんどありません。なぜなら我が家は母親が子供に叱る役目をしているからです。

私が叱る時はとても悪いことをした時や何回も同じことを注意されているのにできない時ぐらいです。その時はお尻を加減して叩いたり、押入れに入れたりします。

それと、当然私と母親では価値観の違いから教育方針はもちろんですが、日常でもすれ違いが起こることがあります。

子供達にはそんな姿を見てもらって色んな価値観があることを学んでほしいと思い堂々と夫婦喧嘩や言い争いを見せます。

なぜ喧嘩しているのかも説明します。

私たち夫婦は特に喧嘩をすることが多いのですが、「これが正しい」、「この考え方以外間違っている」なんて狭い考え方、価値観の人間になることがないようありのままの姿を見せてます。

先日は保育園で友達からおもちゃを子供がもらってきたのですが母親はもらってきではいけない、と注意しました。あげたあげないで争いになったり、返してと言われて返せない場合があったりするからです。

私は子供同士と事はある程度は子供同士で決めればいいと思ったので2人で口論になりました。

その時は母親の意見を尊重しましたが、口論を見た子供は絶対に何が何でもおもちゃをもらってきてはいけないとは感じなかったはずです。例えば折り紙ぐらいならいいんだなと思ったはずです。

どうしても家事育児は母親が中心になりますが母親の代わりではなく、父親でしかできないことをすることが子供の成長につながると思います。

父親は抜きどころであり、社会を伝える役割でもある

私は40代で、妻と小学校3年生と3歳の娘を持つ父親です。都内に4人で暮らしています。

私が考える父親の役割について、自分の経験を通してお伝えできればと思います。

①1つ目は、子どもにとっての「抜きどころな存在」になれればいいと思っています。

わが家は子どもが生まれてから、ずっと妻が専業主婦なので、家の中にいる時間が長くて、子ども達と一緒に過ごす時間も必然的に長いと思います。そのため子ども達と楽しい時間を共有することも多くできるのですが、小学生になるとできることが増えてくるため、どうしても妻からの小言が増えてきていると思います。

そんな時に娘と妻との間に入って関係をほぐしたり、時には娘に「さっき、お母さんに急いで片づけてと言われて嫌だったね」などの声かけをすることが、子どもがため込まず、生き生きと過ごしていく上で大切なことだと思います。

また公園でのダイナミックな外遊びや、少し離れた動物園や海やプールなどの外出など、妻と遊ぶのとは違う遊びを子どもと一緒にする(非日常を提供する)ことにより、子どもの気持ちを大きく発散させるのも父親の役割だと思います。

②2つ目は、「社会を伝えること」も、父親の役割だと思います。

父親を男性、母親を女性とすれば、女性は感覚を大切して、男性は根拠を大切にすると思うのですが、根拠に基づいた考え方を通して、社会のルールを少しづつ伝えていくのも、普段社会で働いている父親の役割だと思います。

もちろん共働きであれば、母親にも社会を伝えることはできると思いますが、根拠を持った視点で社会を伝えていくのは、父親の役割だと思います。

どのようにみんなが協力しあって、この社会・日本が成り立っているのか?お金がどのように流れて、みんなが笑顔になれるのか?

うちの娘は小学校3年生ですが、少しずつ人は働かなければいけないことや、働くことでお金を得て生活できること、そしてそのお金を使うことで同じようにたくさんの人達が働くことができることを伝えています。

まだピンとこない部分も多いですが、ただ働く姿を見せるのではなく、働くことの意味をつたえるのも父親の大きな役割かと思います。

以上、私の考える「父親の役割」でした。父親の役割とは?と悩んでいる方に、私の実践が少しでも役に立てれば嬉しいです。

父親は言葉ではなく、態度でしめす

父親という存在は、家族によって違うのではないでしょうか。

我が家は現在22歳になる女の子がおりますが、叱ったのは数えるほど、小言を言うことも全くありません。

自由な環境でやりたい放題させてみたらどうなるか、不安になる人も多いかもしれません。しかし娘がやりたいと思うような選択肢を口ではなく、態度で教えてあげることができます。

例えば、読書です。

私は読書が好きなのですが、娘にまで押し付けて「これを読みなさい」などと言ったことはありません。しかし父親がテレビも観ずに本を読んでいる姿を見ていれば、読書の魅力に気がつくかもしれません。

娘の場合は、読書が好きになり小説からノンフィクションまで様々なジャンルの本を読むようになりました。本を読み、身につけた教養によって自分を変えられる経験をすることで自分自身の道を歩んでいくようになりました。

また進路に関しては、悩みが多いかもしれません。

娘の場合は、保育園に通っている頃から絵を描くのが好きだったので、私からの誕生日プレゼントはいつもドイツ製の色鉛筆や、本格的なスケッチブックなどでした。

自分の進路は自分で決めれば良いと言っていたので、早い段階で美術大学受験を決めていて、そのための予備校なども通いました。好きなこと、興味のあることを伸ばして上げて、そのために必要な教育にお金を出すのは父親として最大の仕事なのではないでしょうか。

一流のデザイナーになるためには、一流の先生に習わなければならないという事実も娘はすでに知っていたようで、自分で予備校を選び、一流と呼ばれる美術大学受験に成功しています。

父親の教育方針や学習する姿勢を子供は絶対に見ています。私は40歳を過ぎても、学びをやめずにいつも新しい知識をインプットしています。一生涯学び続ける姿勢というのは、しっかりと娘に伝わっているのではないかと思います。

言葉を発すれば反発します。とくに思春期以降は言うことを聞くはずがありません。だからこそ自分の生き方、考え方を見せてあげることが大切です。

父親は精神的支柱

父親はどうしても母親に比べると、存在感が薄いというか、子供の成長と共にどこか蚊帳の外のような扱いや態度をとられることもあるのだと思います。しかし、毎日が普通に何と言うこと無く過ごすことが出来ているのには、父親の存在がとても大きく影響を与えてくれているのだと感じています。

心穏やかに過ごすことが出来ること、それは母親にとっては父親が気持ちに寄り添って子育てなどを共有したいという思いが感じられてこそ可能なことだと思います。

特別なことを何かして欲しいと望んでいるのではありません。ただ一緒になって子育てを考えてくれている、してくれているという姿勢が伝わるだけでとても嬉しいものです。そうすると母親自身の気持ちもとても安定して、余裕ができ、毎日向き合う子供に対しても向き合い方に少しながらも余裕を持つことが出来ます。そうすると、子供にとっても心穏やかに笑顔で過ごすことが出来るのです。

我が家の場合ではありますが、私が専業主婦ということもあり、子供達に向き合う時間は圧倒的に私の方が長いです。

向き合う時間が長いほど、楽しいことだけではなく、大変なこと、イライラしてしまうことも多々あります。

毎日の細かい子供達の生活が見えすぎるからこそ、あれこれ先回りして心配し過ぎたり、モヤモヤと気をもんでは1人行き詰まってみたり。そんなつい目の前のことで余裕を失いかけている私にとっては、仕事から帰宅しての笑顔で子供達と話しをしたり、じゃれ合って遊んでいる父親の姿は私を一旦落ち着かせてくれ、ホッとするものです。

子供達にとっても、私はついつい小言が多くなりがちな存在なので、父親はそんなことは無く、家に帰宅して晩酌をしてるときには、きっと子供達にとったら陽気で楽しいパパと映っているのだろうと思います。

私はその感じこそがバランスが取れていて良いのだと感じています。どちらも追い込むような姿勢では子供にとっても逃げ場がありません。

父親として子供達の勉強を見て欲しい、とかおむつを替えて欲しい、とかを存在意義として望んでいるのではありません。母親そして子供達の気持ちに寄り添って家族を大きく包み込んでくれているという安心感を与えてくれることこそが、私が思う父親の存在の大きさだと思っています。

母親大好きな子供も父親の背中をみて学んでいきます

子供は生まれたときから母親のことは盲目的に好きなのだと感じます。どんな母親でも小さな子供は母親が大好きで、父親は自分がでる幕ない…という気持ちにさせられるかもしれません。

しかし、子供は父親のことは一歩引いた冷静な目で見ていて、それゆえに子供の生きる指針としてとても大切な存在なのではないかと思います。

私の育った家庭は母親が肝っ玉母ちゃんのような人だったため主導権を握っていて、父親は何でも言うことを聞いてついていくような大人しい人でした。また共働きでもあったため、父親が洗濯、料理、掃除などの家事も一通りできました。

私にとっては正直あまり頼りにはならないけれど、怒ったこともない優しい父親は大好きでした。

一方で私の夫は、真逆の家庭に育ちました。

母親が専業主婦で、家のこと子供の面倒はすべて見て、父親は働いているので家族を食わせてやっている!という考えです。その家庭で育った夫は父親は偉いもの、怖いものという感覚があったため、結婚当初はそこの価値観でかなりぶつかり何度も離婚を考えました。

今となっては育った家庭環境が真逆だったためどちらが良い悪いはないと理解できます。

私は父親と母親の役割があまり区別されていない、どちらかというと父親の存在感の薄い家庭で育ち、「父親=優しい」というイメージで、夫は「父親=偉い人、怖い人」というイメージなのです。

そして子供は家庭という狭い世界が生活の中心なので、将来大人になったときの自分もその環境に当てはめてしか考えられないのだと思います。

そのため父親がどうあるか…というのは、子供の将来の行き方を左右するほど重要なことだと私は思います。

母親は生れる前は一心同体であり、生まれ出た世界の不安を取り除いてくれる存在なので、子供は無条件に母親が好きです。しかし父親については一番身近にいる大人で、その背中をみて子どもは学んでいきます。

今は私も小学生と幼稚園の子供がいて、夫との家庭についての価値観の違いに悩みながらもなんとか暮らしてきました。

もともと子育ては妻の仕事だという概念があった夫ですが、長い時間をかけて話し合い「子供にどのような大人になったほしいかと考えたとき、パパの背中が一番の教えになるよ」ということを繰り返し言い続けることで、現在は子供にとって怖い存在でもなく、優しいだけでもなく、頼りになるパパにになってくれています。

また私もただ優しく何でも協力的な夫の姿を願うだけでなく、時には夫をたてて、パパという存在の大きさを子供が意識できるように考えています。

何も考えずに子育てをすると、ただ自分が育った環境の繰り返しになってしまいます。そのため、どのような子に育ってほしいか…ということを常々考え、特に父親はそのお手本になるように暮らしていくことが大事だと思います。

父親は母親に叱られた時の子供の逃げ場

あなたのご家庭では、子供の父親ってどんな存在ですか?

朝早く出かけて夜遅いから子供とゆっくり話もできないとか、ウチにいてももう1人子供がいるような感じでしかなく、父親の存在意義ってなんなのかしら、と思えたりする家庭もあるかもしれません。

父親としても、父親としての役割が何かって難しいですよね。

我が家では、そこら辺の役割分担がしっかりしています。

例えば私が子供に食事の時間にフラフラしたりするのを叱りつけたら、子供は落ち込みます。そこで、父親は母親の私と同じように叱るのではなく子供に優しく諭すのです。

母親が叱る理由を冷静に子供に教え、最後は子供に元気を取り戻させてくれます。

私は女性なので、叱りつける時にはどうしても感情的になりがちなんです。そこを男性である父親が間に入って、子供を優しく包んであげると子供も母親に叱られても落ち込み過ぎずに済みます。

知り合いの家庭では、母親が子供を叱ると父親まで一緒になって子供を責め立てるのだそうです。それだと普段仕事であまりいない上に、いたらいたで嫌な思いをさせてくる人になってしまいますよね。

仕事も毎日早く帰れてがっつり子供と話したり遊べている父親でない限りは、たまにしか会えない子供を叱りつけるのは控えた方が良いです。

父親は仕事で忙しいけれど、冷静に自分の話を聞いてくれて一方的に責めたりしないで分かってくれる、と思えば父親は子供の心の中で大きな存在になります。

もちろん、悪い事は悪いし叱るべきですが、叱る役割はほぼ毎日母親がやってます。父親まで母親と同じようにされたら、子供にとっては追い討ち攻撃でしかないんです。

父親は、母親の真似はしなくて良いんです。母親に叱られた時の子供の話をちゃんと子供目線で聞いてあげる、そして包んでくれる父親なら、お父さんがいるのが安心、嬉しいと感じる子供になります。

母親にとっても、父親がいてくれる事で怒りすぎてしまう事に歯止めがかけられます。父親は感情的になりやすい母親と違い常に冷静に、が父親の存在意義を持つための方法です。

もう一人の保護者であり、子供が支えたくなる父親

小学生の娘は、母親である私よりも父親の方に懐いているのではないかと思う事が多少あります。

言葉使いや行儀を注意し、勉強や習い事や通院の面倒を見るのは、ほとんど母親の役割です。

毎日30回以上は「早くしなさい。」と言っていると思います。娘1人ではまだまだ知らない事・できない事が多く、日中は師匠のような気持ちで過ごしています。

そのため我が家では、父親が娘をフォローする役割を担うようになりました。

母親に怒られた時に、かばってもらったり励ましてもらったりします。母親に頼んでも駄目だった時に、どこか連れて行って欲しい、何か買って欲しいとねだる事もあります。

以前「両親が2人とも厳しくては子供に気持ちの逃げ道が無い」と聞いたことがありました。

そこで注意役とフォロー役に分かれるように夫と決めたのですが、過ごす時間が多い分、母親が注意役になっているのです。自分や人を傷つけるような大きな事態が起こった場合は、両親揃って子供に言い聞かせます。その時は普段注意しない父親が話すと効果が大きいようです。

夫と考えが異なる時は、父親母親それぞれの威厳を保つため、娘が寝てから夫に意見しています。それでも、父親と母親は性格や好みが違い、考え方が一致していない時があるという事が娘にはわかってきたようです。

そのため「お父さんなら」という頼れる気持ちが出てくるのでしょう。普段仕事で家にいなくても、月に一度アイスを食べに連れ出してくれただけで、父親の存在感は印象付けられているようです。

また、娘にとって父親は母親代わりに支えたくなる存在でもあるようです。

母親が不在の時や、母親と父親がケンカして口をきかなくなった時に、娘のその力が発揮されることがあります。

今日は何ゴミの回収日でどこに捨てるかがわからなかった父親に「今日は可燃ゴミだからマンションのゴミ置き場でいいんだよ。」と手助けしたのには驚きました。

父親が自分より知らなくても、自分が逆に教えてあげなくてはならなくても、娘には差し支えないようです。

父親との違いを考えると、母親は損をしているような感じを受けなくもありません。しかし、母親が教えたことを娘が覚えていた所や、父親に対する娘の口調が母親に似ていた所が可笑しかったです。

他所のご家庭と比べて我が家の父親像は、DIYやアウトドアが得意だ、レジャーやスポーツが好きだという所はありません。しかし「今日学校どうだった?」と穏やかに聞くだけで、子供に安心感を与えるような存在です。

広い視野を持って家庭をサポートをしてくれる存在

父親役割、母親役割というジェンダーをもとにした役割や期待は、社会一般の中で強く認知されているものかもしれません。

うちの家の場合、子どもは娘一人でしたが、子どもが大学生になるまでは、今の世の中で認知されているような性の役割の果たし方はありませんでした。

もちろん、子どもが乳児のころには、性機能的に母親にしかできない役割もありますし、また娘が女性であるために、女性の母親にしかできない役割もありました。これが男の子であれば、男性にしかできない役割もあるでしょうけど。

ただ、子どもが小学生になる頃には、性役割を超えて、子どもと関わっていました。

夫がご飯を作って子どもに食べさせるということもごく普通にありましたし、私の方が仕事で不在で夫と子どもとでお休みの日に二人で食料品の買い物に行くとか、映画を見に行く、とかといったこともしていました。

それぞれのご家庭の事情や考え方にもよるとは思いますが、そう性の役割、役割期待を考えた行動をしなくても、自然体でいいのではないかと思います。

両方の親が子どもの性に合わせて関わらないといけないというときもあるでしょうが、そうではない場合にはそのときそのときで、求められている役割を果たすのに適した方が関われば良いのではないかと思います。

ただ、娘が大人になってのことですが、娘がとある大きな出来事があって、危機的状況になったことがありました。

そのとき父親である夫は、自分たちの全財産をつぎ込んでも娘がそうしたいと思うのであるならば、それを全力でサポートすると言ってのけました。普段は会社のなかでも、とりあえず管理職をしている程度の口数の少ない夫が・・・、でしたので私は驚きました。

職業人として生きてきて、それなりのポジションを持っていた私は、自分で大局的な見方ができると考えていましたが、やはりそこは夫と物事の考えに対するスケールの大きさが違っていたと思いました。こういったいざとなったときの強さというのは、父親ならではないかと思いました。

普段は先輩!でもいざという時の砦

多くの子供が母親を頼ったり甘えたりするのは、家庭環境によって多少の差はありますが、父親よりも一緒に過ごす時間が長いので、子供からすると信頼度が高いからです。

もちろん母性という目には見えない愛情もありますが、日常的に関わっている時間が長いので、必然的に頼る存在であり、甘えられる存在なのです。

父親としての意識が高いお父さんに限って、もっとちゃんとしたお父さんにならなければいけないと悩み、息子や娘に立派になってほしいからと変に厳しくなってしまい、結果的に子供との距離を感じてしまい、やっぱりお母さんのほうが良いんだな…と更に悩むことになってしまいます。

子供にとってお母さんとの時間は「普段」「日常」であり、それに対してお父さんとの時間は「非日常」なので、少し特別感があって丁度良いのです。

子供にとって特別な父親との時間に、良き父にならなければならないと、普段の子供の姿をあまり知らないのにも関わらず、やたらと叱ったり怒ったりするのは、子供にとってせっかくの特別な時間を台無しにしています。

ではどうすれば良いのかというと、子供から見て少しだけ先輩な男性として接すれば良いのです。

ゲームでもキャッチボールでも探検ごっこでも、どんな遊びでも良いのですが、同じ目線で遊ぶのではなく、年上のお兄ちゃんとして過ごせば良いのです。

例えば公園でキャッチボールをする時も、お父さんとして教えてあげるわけではなく、年上のお兄ちゃんが遊んであげているくらいのゆるい感じで良いのです。

この時、お母さんは真っすぐ帰ってきなさいね~と言っていた場合、お父さんならお母さんに怒られるから帰ろうね、というかもしれませんが、年上のお兄ちゃんなら「ちょっとだけコンビニ寄ってアイスでも買っちゃおうか!」となります。

つまり、ちょっとだけ悪いことも一緒にやっちゃう、やってくれる存在で居てあげることで、母親にはないまた別の信頼感を得ることができるのです。

そして、そんな普段楽しく、ちょっと悪いことも一緒にしてくれる大好きなお父さんが、本当に悪いことをした時に叱ると母親より効果があるのです。

私の話ですが、夫は真面目で子供が悪いことをすると小さなことでもいちいち叱っていました。普段から母親である私が小言を言っているのに、さらに父親まで小言を言うようになると、子供との距離は当然開いてしまいます。

特に反抗期になるとキツくなってくるのです。

そこで、もっと肩の力を抜いて私が見ていないところでは子供と二人で好きなことしていて良いよ~とアドバイスしてからは、父親と子供の関係が良くなり、子供も父親を以前より頼りにするようになりました。

良いお父さんでいなくちゃ!と頑張り過ぎる必要はありません。ただ、いざという時は真剣に子供と向き合うというスタンスでいると、母親にはない魅力で子供との絆が強くなりますよ。